ずらりと並ぶ六地蔵像に黙礼し、いよいよ『あの世に最も近い場所』とされる恐山菩提寺の境内へ
威風堂々たる仁王門は朱が印象的で阿形・吽業の仁王像も鮮やかで躍動感に溢れている
さて、この先にどんな景色が待ち受けているのやら
風車はお線香代わり?
其処此処に供えられるカラフルでポップなデザインの風車がシュルシュルと音をたてる。ひたすら回り続けている姿を眺めていると、なんとも物哀しい気持ちになる
生前の光景なのか、死後の姿なのか
大きくなれずにこの世を去ってしまった幼子が駆け回る
お地蔵さんのお膝元に積まれた石の中に紛れている小さな小さなお地蔵さんたちは、もしかすると水子を模ったものなのかもしれない
無数の風車はお線香の代わりなのか
チラホラと歩く人達もみな気配を潜めていて、シュルシュルと滞りなく回り続ける風車の音が際立っている。この土地では強すぎず弱すぎずといった風がしきりに吹いているので、お線香だとすぐに消えてしまうのだろう
三途の川を渡る
男湯の薬師の湯と古滝の湯、女湯の冷抜の湯はもちろん硫黄泉だ。
仁王門を越えると奥にある恐山温泉の周囲は黄色い風が吹く緑地と荒野が入り混じる。
退廃的な地上と晴れ間が見える空が近く、天に召されることに希望を見出せるようでもある。
走馬灯を走らせるが如く、自分の人生を回想しながら歩くといい。
其処此処で火山ガスが吹き出していて危険なため、散策ルートは決まっている。張られたロープの向こう側へ行ってはいけない。
それは三途の川を渡ることを意味するはずだ。
そこら中に硫化した硬貨が散らばっていて、手入れされた庭園が美しく調和する京の都の寺院とはかけ離れた別の次元の光景が広がっている。それはこの土地を構成する成分の為すことで、恐山菩提寺の周辺はより自然に近く、人工物の方が異物なのだろう。
此処がこの世である証
白と黄の岩石の合間に唐突に姿を現すカラフルな風車はこの世のものだ。
ここがこの世である証だ。
「空・風・火・水・地」
この場所を形作る成分に他ならない。
それらだけがあって、それらしかない場所なのだから。
向こうに見える緑色の山々が嘘のように、高台から眺めるこちら側の拓けた地は白くて黄色い。
大地は朽ち果てそうなのに、菩提寺の建物はどれもどっしりと腰を据えている。あの世とこの世の境界の門番としてなのか、確固として地に根を張っている。
ここに来た者たちはこの力強さに救われる。
地に足さえ着いていればと思わせてくれる。