TRANSIT JOURNEY

電竜の背から視える風の色

#004 線路の先に仰ぎ見る霊峰の頂|JR韮崎駅

富士山をまだ一度もこの目で見たことがない。

今年は何故かそんな話をする機会が多かった。それは予兆だったのかもしれない。

そして意図しない時にこそ、それは起こる。そういうものなのだろう。

 

 

細長い駅のホーム

鉄道旅では当然のことながら〈駅〉という場所がその土地の起点になる。

駅ごとに違った風と時間が流れているから、街だけでなく駅そのものを散策してみるのも鉄道旅の醍醐味だ。

韮崎駅のホームの待合椅子

ホームの待合椅子|韮崎駅|2022

 

『ハレー彗星を追って』でも取り上げた山梨の韮崎にて。

細長い土地の真ん中にある細長い駅のホームに降り立って端から端まで歩いてみた。

遠くに連なる山々
違った方角にも見える連なる山々
山の間に収まる土地であることを駅ホームで実感できる

 

ホームのすぐそばに野草のひっつき虫が生えている

WILD LIFEが手に届く近さに

 

駅ホームから間近に見える線路とトンネル

線路の又に収まる唯一のホームから、先ほどくぐり抜けてきたトンネルがすぐ近くに見える

 

小さな駅だから、そうした散策も僅かな時間で終わってしまうけれど、車両を傾けながら駆け抜ける特急列車の風圧を感じながら、ふと気づいてしまった。

明日向かう方角に見えているものに。

 

かつてない存在感

這い伸びる線路の先にあるものは、列車に乗って景色を掻き分けることでようやく見えてくる。ずっと、そういった感覚を持っていた。

けれど韮崎駅は街より高い位置にホームがあって、周りの景色がよく見える。そしてそのホームは山間の川とともに、まっすぐに伸びて山梨の盆地へと繋がってゆく。

 

だからだろう。

目前には遮るものがない。いやあったとしても、取るに足りないかもしれない。

ふと視界に入ったその姿に衝撃を覚えたことを、今でもよく覚えている。

駅のホームと線路の先に見える頂

(あれは、もしかして……)

(いや、本当にそうか?)

そんな風に少し狼狽えながら地図を確認して、位置関係と地形に心震えた。

すでに知っている人からすれば当たり前の風景なのだろうけれど、何も知らずに遥々旅をしてきて不意に目にした者にとっては相当なインパクトだ。

駆け抜ける特急あずさと遠くに見える富士山

駆け抜ける特急あずさと富士山|韮崎駅|2022

韮崎駅を通過する特急あずさが、富士山に向かってまっすぐ駆け抜けていく。

私にとっては、これが肉眼で見る初めての富士山だった。

 

駅ホームと線路と富士山と

再び霊峰の山景を確認して、浮き立つ心のまま宿に向かった

 

徒歩数分の小さなゲストハウスにて、無人のレセプションでチェックインを済ませ、いそいそと洗濯や荷物の整理を始めた。それはもちろん、翌朝始発で発つためだ。

壁に描かれた山脈

ロビー兼リビングスペースの壁には、近くの山々が描かれていた

 

独りしみじみしながら夜は更けて、銀河鉄道に乗って富士山へ向かっていく自分を空想しながら、明日のために早々と床についた。

 

あくる朝の始発前

薄ぼんやりと明るくなり始めた街を歩き、昨日と同じ韮崎駅に足を踏み入れる。

甲府方面へ向かう始発列車はまだしばらく先だけれど、そんなに早いうちから出てきたのは興奮して眠れなかったからではなく、南東方向に位置する富士山と日の出の組み合わせを見られるかもしれないと思ったからだ。

天気もぼちぼち。いい写真が撮れるかもしれない。

 

10月の下旬にはまだ早いかなと思いつつ、ミレーののウォームストレッチジャケット(ティフォン50000を持ってきて正解だった。

日常生活にはちょっとオーバースペックだけど、アウトドア寄りの街旅が好きなら投資しどころかもしれない。シンプルなデザインで落ち着いたカラーもコーディネートもしやすくて気に入っている。

防水透湿素材のティフォン50000はゴアテックスよりもしなやかで着心地が良く、雨も風もしっかりと防いでくれる。

 

なにせカメラは忍耐なのだ。

気温がぐっと落ち込んだタイミングだった。仄かに明るくなり始めたばかりの街で、高く作られた風通しの良い駅のホームにじっとしているのはそれなりに骨だ。

叶わなかったけれど、深夜の星見を想定した旅だったことが功を奏した。

 

駅のホームの先端で、徐々に赤く染まってゆく空を待つ。真っ直ぐに伸びていく線路の先には、笠を被った三角形が見えている。

赤く染まり始めた空と、笠を被る富士の頂

奇跡的な地形に改めて感動しつつ、久しぶりに引っ張り出してきたOLYMPUSのTG-1(内蔵Wifi付きで高画質になったTG-6の初期モデル)に、テレコンバーターだけを付けるというちょっとセコい方法でエセ望遠仕様にして遊んだりした。

テレコンバータを装着したオリンパスのTG-1

OLYMPUSのToughシリーズはアウトドア向きの防水・防塵デジタルカメラで、山や海といった環境でも気軽に使えるので気に入っている。

色んなシーン撮影が可能で、いくらかは設定をカスタマイズできる。本格的に水中で使用するための保護ケースもあるので、ダイビングを嗜む人にも人気があるかもしれない。見た目もちょっと無骨でカッコいい。

 

普段の私はTG-1にマウント用のアダプターレンズの保護カバーを付けた状態を基本としていて、これを山行きの時に持っていく。

遠景よりも、歩いている最中に足元で見かけた野草やキノコ、昆虫にカメラを向ける接写寄りの使い方をすることが殆どなので、これで充分なのだ。

赤いマウントと保護カバーを装着したオリンパスのTG-1

最近は身軽であることを重視してカメラを持って出かけることも少なくなったけれど、やっぱり写真は面白いので、それこそTG-6へのアップグレードか、本格的に一眼レフを持つことにも憧れている。

ミラーレスなんてものも出てきて小さく軽いものもあるし、どうせ手にするならLeicaかな、SIGMAのfpも気になるけれどSONYのα7も触ってみたい、なんて夢想するのは自由だ。

 

自分の中で存在感の大きくなった山と、そこまでまっすぐに連れて行ってくれそうな線路を心ゆくまで眺めて、軽く朝食をとることにした。

おにぎりとクロックムッシュとカレーの缶スープ

カレーは飲み物。最近の自販機は何でもアリだ。

珈琲に向けかけた指をスライドして手に入れたスパイシードリンクと、そんなものがあるとは知らずに昨日のうちに買っておいた、おにぎりとクロックムッシュが何気にマッチしている気がする。

 

始発列車は、もうまもなくだ。

 

initial draft 2022.11.27(メインブログ米粒遊歩に掲載)

rewrite       2024.09.01(TRANSIT JOURNEYに移設)